​​Mother and Anne's Diary

私が小学校2年の時です

アンネ・フランクの生誕50周年を記念して製作されたテレビアニメ映画

『アンネの日記・アンネフランク物語』が1979年9月28日に全1話で放送されました

その頃の大塚家は父の転勤で稚内から56Km離れた円形の島、利尻島に転勤となり鴛泊に住み始めた1年目の秋でした

子供の頃の記憶は曖昧ですが、この『アンネの日記・アンネフランク物語』を見た記憶は

とても鮮明に覚えています



アンネ・フランクは1929年6月12日ドイツのフランクフルト・アム・マインにて生まれ

ドイツ系ユダヤ人の少女です

第二次世界大戦ナチスの政権掌握後、ユダヤ人狩りのホロコーストの迫害から逃れるため

一家は父オットー・フランクの職場があったアムステルダムのプリンセンフラハト通り263番地の隠れ家で2年間に及ぶ潜行生活に入ることになったのです

アンネは咳も出せないほど音に敏感だった隠れ家で、自分が思った事、考えた事を日記に

つけていました

1944年にナチス親衛隊に隠れ家が見つかり一家はアウシュビッツ強制収容所に移送されます

アンネと姉のマルゴーはその後、再び連行されベンゲン・ベンゼン強制収容所へ移送されました

アンネは強制収容所での劣悪な環境に耐えることができず、チフスを発祥後15歳で命を落としたのでした

一家の隠れ家での生活を支援してたミープ・ヒースによって無事保管されていたアンネの

日記は家族で一人だけ生き延びたオットー・フランクの尽力によって出版されたのでした


戦後10年でアンネの日記は世界中に広まったと言います

母がその頃にアンネ・フランクを知ってたかどうかは分かりません

私が子どもの頃観た『アンネの日記』を思い出すたび、母が私たち子供にアンネ・フランクの生涯を熱く語る姿が思い浮かばれます

まるで友人を語る時のように話をしてた、その姿が映像として強烈に残ってるんです

私宛に書かれた手紙を読むと「書き記して残す」という行為が

アンネ・フランクと母の類似性を私は見出しています





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