Mother and Poetry

振り返ってみると、母が自分自身のことを語る姿を見ることは稀でした

ゆえに母が過去を語ってる姿を私は鮮明に覚えてるのだと思います

身体も精神的にも弱かった母ではありましたが、家族のために日々尽くしてくれた

姿勢には今も頭が下がります

私の同年代の母親たちと見比べてみても、かなり古風な人だなぁと当時から思っていました

その精神性は母だけが特別に持って生まれた性分なのだと考えています

何故なら私と2人の姉妹誰ひとり母の精神性を受け継ぐことはありませんでした


学生時代の友人とは生涯を通して交流があったようです

普段人との交流は苦手な母でしたが、時折出かけての友人とのおしゃべりは楽しそうでした

母は地元稚内高校を卒業後、札幌にある仏教系短大に進学したのち父と結婚するまで

保母として勤めてました

アルバムを辿ってみると浜頓別町に勤務したと記載があります

浜頓別町は北海道最北の宗谷地方東部に位置する町で稚内から81Km離れた人口3500人と

小さな村です

そこで「いそがに童話会」なるクラブに所属してたようです

児童に披露する演劇や紙芝居の練習の会合だと察することができます

「いそがに」とはなんとも可愛らしい名前です

宗谷地方は港町が多く点在し、海は生活に密接した関係です

関わり合いの中でこのような名前がついたのでしょう

磯の香りとともに海で遊んだ記憶が蘇ってくるようです

私は故郷の匂いを通して新たな母を発見したのでした


写真の裏に詩と言葉が書かれています

日付が昭和44年12月24日ということは結婚式の寄せ書きだと理解できます


時代がいかに変わろうとも

男女の本質には変わりはない。

よい奥さんになってください。 西村


浜頓別では

たよりない母うさぎでごめんなさいね

早くよいママになってくださいね

楽しみにしています


浜頓別のあの時の玉汗や仲間を

そして子供達の輝く瞳を忘れずに

いつもどこかで頑張りましょう  宮崎


命がけの脱皮をして

新しい自己を!


カニは生涯の中で10数度の脱皮を繰り返すといいます

岩陰に隠れてじっとしてるいそがにの生涯

普段見逃してしまいがちな些細な存在ではありますが

命がけの脱皮を繰り返してることを、この詩は教えてくれました





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Takuji Otsuka|アート、写真家、コンセプチュアルアート、20世紀写真

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