まえがき

2010年より2015に及んだ

イタリアでの撮影記録は2016年にThe Wolve’s afternoonという手製本に纏めることができた

振り返ってみると夢中で写真を撮りまくったイタリア時間は濃密だったし

当時を思い出しては感慨深い気持ちになる


渡伊するまでイタリアのイメージはというと

サッカーの国

キリスト教とヴァチカン市国

ルパン三世のフィアット500

マカロニ・ウエスタン

子供の頃見たオリンピック アルペンスキー選手のアルベルト・トンバ

と幼少期の知識で止まっていた

実際行って見てみると中世の街並みがそっくり残ってることにびっくりしたし

そこに今でも住んでる人がいる、日本では考えられないことだった

非常に高い民族意識と生き方そのものを変える必要はないと口々に揃える人々

直情的で本音で語る彼等と街に、俄然興味が湧いてきたのだった


渡航のきっかけとなったローマでの仕事は思いのほか大変で

仕事の合間に作品が撮れれば、なんていう考えは甘くて作品どころではなかった

日本では当たり前にこなしてる事も海外では非常に難しくなってくる

急にバスや電車がストライキになって朝の通勤が出来なかったり

食事とトイレにも最初は戸惑ってばかりだった

仕事はというと現地の制作会社ではあったけど、実情は何でも屋だ

日本人相手にアテンドする仕事があり、多い時で週3回程私も駆り出された

そうすると相手先にガイドする内容とルートを調べて一夜漬けで暗記しなければならない

当日それを説明しながらビデオを回し、ドライバーに指示して移動し主要名所で写真も撮ってあげるという

気がつくと1人4役をこなさなければならなかった

強制的に詰め込んだ街や歴史を知るにつれ、自然と住人と同じくらい街に溶け込むことができたのだった

そうすると不思議なくらいローマに愛着が湧いてくる、結果的に作品が完成まで至ったのではないだろか

「ローマは1日にしてならず」

そんなローマを何年かかっても撮り尽くしてやろうという気概が芽生えたし

本当に学ぶべき場所で写真を撮ることができたんだ、と感謝の気持ちでいっぱいだ

テーマありきな作品というよりリアルな生活を通して生まれた世界観

なぜこんなに良くも悪くも日本と違うのだろうと考えたし、辛酸を嘗めた日々も今ではいい思い出だ

そんな現地で出会った人・物・事を写真と共にイタリア日記で振り返っていこうと思う


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2008年連鎖的に発生したリーマンショックの煽りは凄まじかった 震源地のアメリカから日本に到達する時間は津波のように早く 見渡すと周りの会社は次々と倒産し心肺停止状態の一歩手前というところだった そして私が携わるプロジェクトは消滅してしまったのだった 広告代理店からは事前予告は受けてはいたものの、まさか全ての仕事が無くなるとは思ってもみなかった 組織というのは一歩前進するのにとてつもない時間と労力